王理恵が語る王貞治と結婚のこと!徹子の部屋
公開日:
:
最終更新日:2019/02/15
トレンド
2019年2月15日の徹子の部屋のゲストは王貞治の次女・王理恵です。
現在48歳になる王理恵はスポーツキャスター・コメンテーター・タレント・雑穀料理研究家・ジュニア・野菜ソムリエとして活躍していますが、
これらの業務や資格は父王貞治との関係抜きには語れません。
徹子の部屋では去年78歳で結婚した父・王貞治への思いやお相手との関係などを語ります。
お相手といえば旦那さんは東京を中心に複数のクリニックを展開するセレブ歯科医とかいわれています。
父王貞治の存在が大きすぎてなかなか恋愛に発展しなかったという苦労もあったようです。
3度も結婚した王理恵ですが、結婚するときも離婚するときも父は反対とか言わなかった時代もあったとか。
今の旦那さんに関してはどうだったのでしょうか。
王理恵さんが小学生の頃、父はホームラン王でした。
きびしかったしつけや家庭での父親の素顔を貴重な秘蔵写真とともに振り返ります。
父親と母親の闘病生活を支えるうちに、「食の大切さ」 を実感し、「ジュニアベジタブル&フルーツマイスター」など食に関する資格を取得
母が亡くなってからは福岡で単身赴任の. 父王貞治の健康を気遣うようになって野菜ソムリエの資格をとりました。
王貞治の娘たち
王理香、王理恵、王理沙という3人の娘がいます。
3人とも理という文字が入っているのには意味があります。
理は王の里という構成ですね。
「結婚し て姓が変わっても里には王家がある」という親の思いが込められているのです。
王理恵はダウンタウンDXに出演した際に子供時代はとても厳しくつけられたと話しています。
王理恵が幼小の頃には、泣くと、「父の野球の邪魔になる」と、泣きやむまで蔵に押し込められていたとか。
王貞治が野球に打ち込めるようにするのが家族の役割だったのです。
王理恵が幼稚園の時に長嶋一茂の家に家族であそびにいったとき
当時汲み取り式のトイレに落ちた妹を助けてくれたのが長嶋一茂だったとか。
小学生の時は苗字を変えられないかと話し合ったこともありました。
毎年家族や親族と一緒に箱根に行くのが唯一の家族としての楽しみだったとか。
高校生の時に運動会に出てきて玉入れに参加してくれました。
生徒たちの両親が大世騒ぎだったとか。
大学時代の門限は、遅くとも23時で1分でも遅れると、1週間外出禁止というルールもあったとも。
母の病気がガンとわかるまで理恵はスポーツキャスターをしていました。
独身は理恵だけだったので仕事を整理して母のそばにいたといいます。
なくなる3か月前には食べれなくなりました。
食生活に目を向けるために野菜ソムリエの資格を取ったといいます。
王理恵の現在の夫は東京を中心に複数のクリニックを展開するセレブ歯科医とか。
同じ年で父貞治のことをとても大事にしてくれるとか。
初めての面会の時はすごく緊張していたそうです。
引退直後の徹子の部屋の王貞治
野球をやっていた時は豆で覆われていた手がすっかりときれいになっていました。
亭主らしいことをやったことがなかったと述懐していました。
娘からみても野球以外のことは排除していたといいます。
王貞治の結婚と相手
今年78才になる王貞治は2018年6月1日に約10年前から生活を共にしてきた18歳年下の一般女性との再婚を発表しました。
17才の年齢差で王理恵が紹介してもらったのはかなり前とか。
面倒見てもらってありがたいと思っているとか。
精神的には娘ではフォローできない。
選手・監督生活を支え続けた恭子さんは2001年に死去しました。
当時王貞治は「もう結婚はいいかな~」と話していたといいます。
ところが2006年には王に胃がんが見つかりました。
その入院生活を支えたのが18歳年下の女性Aさんでした。
2009年に腸閉塞と胆のうの手術を都内で行ったのですが、Aさんは献身的に看病していたとか。
3人の娘たちも父の看病に来ていたのですが、特に当時は独身だった次女の理恵さんとA子さんが交代で看病をしていたといいます。
王貞治の結婚を後押ししたのは、2015年に再婚した娘・理恵でした。
王貞治と理恵の関係
理恵は父が偉大過ぎて親孝行ができないとおもっていました。
それでも野菜ソムリエとしての仕事をしながら父の食事を作ったりしました。
「理恵が野菜ソムリエとしてはつらつとして生きてくれているのを見るとうれしい。」王貞治
王貞治が病気を乗り越えて二人で箱根にいきました。
現在が4人みんながハピーという王理恵でした。
関連記事
-
シャトレーゼのダブルシュークリームが新アレンジ!!値段カロリーお味に満足
2019年2月27日からロードサイド店戦略でリーズナブルで洋菓子を提供しているシャトレーゼから新アレ